アサッテの人
を読んだ。
うーん...龍さんの評価に一票。
もっと魂の淵をのぞき込んだものを期待していた。
芥川賞って、テーマではなく表現が大事なのか?
町田康氏のときもそんな気がした。
ひとり日和がおもしろかったので、気のせいかと思ったが。
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を読んだ。
うーん...龍さんの評価に一票。
もっと魂の淵をのぞき込んだものを期待していた。
芥川賞って、テーマではなく表現が大事なのか?
町田康氏のときもそんな気がした。
ひとり日和がおもしろかったので、気のせいかと思ったが。
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欧州の体験-環境外交の誕生
ソ連型社会主義は、19世紀的な生産力至上主義と米ソ核戦争を想定した擬似臨戦態勢によって、公害対策にはほとんど資金を振り向けず、その上、軍事行動には環境への配慮を無視した特権性を与えていた。これによって膨大な負の遺産が蓄積されているらしい。欧州諸国では、ライン川や地中海の水質保全、森林を酸性雨から守るための大気の保全など、国境をまたぐ環境問題に長い間直面してきた歴史を持つ。そして現在では、このような環境外交のノウハウが、東欧の環境改善の援助にも向けられているそうだ。
地球環境問題においては国際公共財の共同管理が重要であり、このような欧州で蓄積されてきた政治的体験を分析し、その中から抽出されてきた原理を世界大に広げることが、我々が進むべき道の一つであろう。環境外交には、国家間で不利な情報でも自由に交換し、欠点も率直に言いうる関係が必要である。そしてそのような関係の構築には、当時国が成熟していること(先進国であること)が必要である。
ここで日本である。日本が地球環境問題への対処をアジア外交の旗印の一つに掲げようとする場合、欧州とは違う困難に直面する。東アジアでは日本がただ一国、突出した先進国であるということである。
美しい星50の「資金メカニズム」や排出権取引など、日本の財政が逼迫する中、資金提供は続く...
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