ちょいウツ

今日はなぜか気分が晴れなかった。”ちょいウツ”であった。

昨日飲みすぎたせいだろうか。蒸し暑かった天気のせいだろうか。休日に届いた上司からの鬱陶しい揚げ足取りのメールのせいだろうか。

いつもならそんなことで落ち込むことはないのだが、今日は元気がでなかった。

楽しいことを想像しても、それが何になるのだろう、などと思ってしまった。

いつもは、なぜ部下たちが仕事を楽しめないのだろう、前向きに生きられないのだろう、と思っていたが、今日はそういう部下たちの気持ちがちょっとわかった気がした。

たまにはこういう日もある、ということか。それとも明日もこのまま晴れない気分か。

明日、もう一度考えよう。

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生活を味わう

歩くこと、食べること、走ることなど、生活を味わえばいい、と気づいた。

ちょっといい考えだと思う。

だからと言って、守りに入るのではなく、そういういい気持ちをよりどころに攻めていきたい。

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幸せ

幸せな気持ちっていうのは、お金があっても得られないことがあるんだな、と思った。

今週の土日はあまり用事をつめこまず、ちょっとゆっくりした。

その結果がこんな気持ち。

何かに向って努力していられることのほうが幸せだと感じるように作られているのか、はたまた、これまでの経験からそのようになってしまったのか。

どっちにしても、もっと、成功したいという気がしてきた。

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お酒を飲まない理由

勝間さんがお酒を飲まない理由がわかった気がする。

お酒を飲んでしまって、何もできなくなる自分よりも、お酒を飲まないで、しらふで仕事をしている自分が好きなのだろう。

そこに幸せを感じるのであろう。

私はあまり旅行が好きではない。

自分の家にいるほうが好きだ。

そういうことと似ている気がする。

勝間さんはお酒を楽しめない。私は旅行を楽しめない。

どういう人生を好むか、遺伝子50%、環境50%で形成された脳細胞のゆらぎに従うしかない。

同じく、太田光は本を読まずにいられないのだろう。

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隣の部屋の記憶

隣の部屋の事件から2週間が経過して、怖いという気持ちがなくなった。

今となっては、怖がっても仕方がないことであったと思う。

一時は、どうしても頭から消えず、考えたくないのに考えてしまっていた。

隣の部屋側の壁に近づくのも怖かった。

でももう、匂いもよみがえらない。

忘れることができるというのはいいことだ。

しかし、中国の地震被災者を救出している人は大変だろうと思う。

テレビでは、一番こたえるであろう匂いは伝わってこないが、きっとつらいだろう。

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パンダ

この世界には目的・意図はないと思っている。

しかし、パンダを見ると、この動物は人間にかわいがってもらうためにこのようなデザインになっているのではないかと思ってしまう。

そうだとすると、この世界に目的や意図があるのではないかと思ってしまう。

人間は波だと思う。

生まれては消える。あとには何も残らない。

ほかの波とつながれば大きい波になる。つながらなければ小さいままで終わる。

しかし、小さい波もほかの波とどこかでつながっている。

波はわずかなゆらぎによって生じる。

人間は手加減せず自分らしい波としてとがればいい。

しかしその波をひっぱる何かがあるのだろうか?

ないと思うのだが...

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不景気のあおり

我が家も不景気のあおりを受け始めた。

私の給料はそれほど変わらないが、家族の残業が減少。

やっぱり使えるお金が減ると気がめいる。

お金がなくても幸せっていうのは、それはかなりの幸せだと思う。

今の私の場合、ある程度はお金がいる。

まだ今は余裕があるけど、これから余裕がなくなったらつらいな...

お金を持って死ねるわけではないけど、生きていくなら必要。

どのくらい生きて、どのくらい必要なのかがはっきりしないので何となく不安。

そんな今日この頃。

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隣の部屋

建物の外から見ると、隣の部屋の窓が開けてある。

まだあの匂いが残っているのだろう...

思い出してしまう、そして想像してしまう。あれだけの匂いがしたということは...

だけど、匂いの記憶がよみがえることはほとんどなくなった。

自分は人生を自分なりに楽しむ。それしかない。

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少々回復

今日はあの匂いをほとんど思い出すことなく過ごせた。

廊下も大丈夫だった。

気持も回復してきた。

人間には忘れる能力がある。

考えても仕方がないし、自分が落ち込んでも仕方がない。

自分の人生を楽しむしかない。一つの波として。

あの部屋の郵便受けからネームプレートが外されていた。

ネームプレートが再び入るのはいつだろう。

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昨日の事件

朝、扉をあけるとまだあの匂いがしていて、昨日よりもさらに気持ちが悪くなった。

人が死んで細胞が分解されるのは、自然の摂理であり当然のことであるが、そんな理屈は関係なく不安な気持が立ち上がる。

戦争で人が死ぬのを見た人が心に傷を受けるというのが、やっと理解できた。

もう隣には何も存在しないのだから考えても仕方がない。なのに考えてしまう。

誰かにが引っ越してきてほしい...

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やっぱり死んでました。

ここ数日、マンションの廊下に異臭が漂っていた。

大家さんに話したが、不動産屋が休みなので連休明けまで待つようにとのこと。

このにおい、もしかして、死んでるのでは...

今日の午前中、連休明けを待たずに消防車と救急車とパトカーが終結。

隣の人、やっぱり死んでいた...

人が死んだときの臭気、知りたくはないものを知ってしまった...

とにかく、ひどいにおいであった。早く忘れたい。

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人が波である証拠

人は波である。

立ち上がっては消える。

一つひとつの波が常に全体につながっている。

小さな波でも重なりあうと大きくなる。

大きな波でも重なり合えなければ大きくなれない。

広い海に立ち上がる波があれば、狭い湾に立ち上がる波もある。

波の運命はちょっとしたゆらぎに左右される。

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この世界の意義

この世界に、意義はないと思う。

ただ、価値があるだけだと思う。

そして、それでいいと思う。

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今日の覚えておきたいこと

茂木健一郎氏の講演mp3より。

「wikipediaの自然科学に関する記述(英語)はブリタニカより正確であるという調査結果がnatureに掲載された。」

人間って、やっぱりそういう生き物だ。うれしくなった。

「グーグルのCEOは、自分が投げかけたテーマに対して、みんなが反論するのをじっと聞く。一人の知恵よりも100人の知恵。しかし最後は自分で判断する。」

今まで自分は、最後もみんなの判断にゆだねる必要があると思っていた。だから会議を一定方向に誘導しなければいけないと思っていた。考え過ぎだった。

「脳は多様である。いやな人に会うことも含めてすべてのことが必要。問題はそのバランス。」

ネガティブな感情も必要なのだ。それによってやる気に火がつくことがあるのは確かだ。バランスだ。

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